音声録音再生器の製作


【概要】

最大1分の音声を録音し再生できるデジタル録音再生器の製作です。
ワンチップの専用LSIを使って製作しまので、簡単な回路でできあがります。
単3電池4本かDC5VのACアダプタで動作させることができます。
ブレッドボードを使って作りますのではんだ付けは不要です。
下記写真が完成した状態で、スピーカと電池を接続した状態です。
電池は電池ボックスに単3電池を4本入れたものでスイッチが内蔵されていて
結構便利に使えます。

【デジタル音声録音再生とは】

 デジタル音声録音はどのようにするのでしょうか。これまでのテープへの録音のような場合は
アナログ信号の電圧をそのままテープに記録していたのですが、今回のようなデジタル方式の
録音の場合には、下図のように「サンプリング」と「量子化」という動作により行われます。

サンプリングとは、下図のように一定間隔でアナログ信号を入力することで、量子化とは入力した
アナログ信号をデジタルの数値に変換することです。
 なぜ一定間隔としなければならないかというと、その後のデジタル数値に変換する処理に時間を
必要とするからです。


 ここで課題があります。このサンプリング間隔が有限ということは、図の中ほどにあるような
急激に変化するアナログ信号はデジタル化することができないことになってしまいます。

この問題は「サンプリング定理」または「ナイキスト定理」と呼ばれていて次のようにあらわされます。
 「対象の信号が周波数fより高い周波数を含まないとき、fの2倍以上の周波数でサンプリング
 すれば、サンプリングされた信号から元の信号が再現可能」

 つまり急激に変化する信号は高い周波数成分を含んでいるということです。

 したがって、急激に変化する信号も変換する必要がある場合には、その倍以上のサンプリング
周期が必要になるということです。しかし、実際にはサンプリング周期の1/2に近づくほど元の信号
の再現が難しくなりますので、実用的には数倍以上のサンプリング周期を必要とします。

 次に量子化は、図のように計測値をある一定間隔で刻んで数値に変換することです。
なぜ刻むことになるかというと、デジタル数値に上限値があるためです。
つまり10ビットのデジタル数値化をする場合には2の10乗=1024段階で刻むことになり、
12ビットでは2の12乗=4096段階となります。

こうして量子化した結果は図の下側のように階段状の信号となってしまいます。どこまでビット数を
増やしても、刻み1つ分の間は同じデジタル値で表されてしまいますから、階段状になることに
変わりはなく、元のアナログ量とは誤差が生じることになります。
これを「量子化誤差」と呼んでいます。量子化誤差の平均値は最小刻みの1/2の大きさとなります。

ただし、今回使用したAPR9600は量子化が省略されていて、アナログ信号を直接メモリに書き込む
方式を採用していますが、その詳細は不明です。

【録音と再生の手順】

 サンプリングと量子化を使って録音し再生する手順は下図のようになり次の手順となります。

(1)音声のアナログ信号をアンプで増幅して適当な大きさにする
(2)音声のアナログ信号を一定のサンプリング周期で入力する
(3)アナログ電圧を量子化してデジタル数値に変換する
(4)デジタル数値をメモリに記憶する
(5)記憶場所をひとつずらして(1)に戻る

これを一定時間繰り返して録音が実行されます。再生の場合の手順は次のようになります。

(1)記憶したメモリの最初の記憶場所を設定
(2)メモリからデータを取り出す
(3)デジタル数値を電圧値に変換する
(4)アンプで増幅して大きな音にする
(5)メモリの記憶場所をひとつずらして(2)に戻る

これを一定速度で繰り返して再生が実行されます。繰り返し速度が録音のときの
サンプリング周波数と同じであれば録音時と同じ音で再生されます。



【音声録音再生ICの概要

 今回使用した音声録音再生用のLSIは、APR9600という型番で、最高60秒までの
音声の録音再生ができます。その内部構成は下図のようになっています。
ちょっと古いICですので最近は入手が難しくなってしまいました。



 図で録音の場合は、左側が動くことになります。マイクからMicInピンとMicRefピンに
入力される音声信号は非常に小さな電圧なので、これをプリアンプで増幅します。
しかし、増幅し過ぎると音が歪んでしまいますし、デジタル数値に変換したときずっと
最大値のままということになってしまいますので、自動ゲイン制御部で適当な電圧に
制限します。
この制限の度合いはAGCピンに接続する抵抗とコンデンサで可変することもできます。

こうして最適なレベルとなった音声信号がANA-OUTピンに出力されます。
この出力には直流成分が含まれていますので、コンデンサを挿入して直流分を遮断してから、
次のデジタル化ブロックへの入力であるANA_INピンに接続します。

デジタル化ブロックの最初では、入力された音声信号の周波数帯域があまり広いと
サンプリングしたときノイズとなってしまいますので、これをアンチエイリアスフィルタと
呼ばれるローパスフィルタでサンプリング周波数以下に制限します。

続いて、このフィルタを通過したあとの音声信号をサンプルホールド回路で一定時間保持します。
そして保持している間に8ビット分解能で量子化してメモリに書き込みます。
このLSIの特徴はこの量子化の方法にあるようですが詳細は公開されていません。
この一連の動作がサンプリングごとに行われることになります。これを外部の録音スイッチが
押されている間だけ、またはメモリがいっぱいになるまで繰り返して録音が行われます。

サンプリングの周期は内蔵発振器で決定され、内蔵発振器の発振周波数はOscRピンに
接続する抵抗で可変することができますので、異なるサンプリング周期として録音再生する
こともできます。

 再生の場合は図の右側が動きます。サンプリング周期ごとに録音した信号をメモリから読み出し、
アナログ信号に戻します。これをスムーズなアナログ信号にするためローパスフィルタを通してから、
アンプでスピーカを駆動できる電力まで増幅して外部出力としています。
このスピーカ出力はBTL出力となっていますので、直接スピーカを接続することができます。
 メッセージの録音位置や、メモリのどの部分から再生するかという制御をメッセージ制御部で
行っていて、外部スイッチで選択された部分の録音データを再生します。
 デバイス制御部では、録音や再生の仕方を制御し、自動繰り返しや1回だけというような
動作を制御しています。

【基本回路】

この音声録音ICを使う場合の基本回路は、動作のさせ方によりいくつかの回路構成があります。
1メッセージのみ録音で、ボタンを押すごとに1回のみ再生するという動作の場合には、
下図のようにするようデータシートに記載されています。


図の回路図ではちょっと複雑に見えますので、内部のアンプを意識して入力部を書き直すと
下図のようになります。コンデンサマイクへの電源の供給回路と、プリアンプへのコンデンサ
経由での入力回路とで構成されています。
さらに、/REピンにより、録音と再生でマイク入力の禁止、許可を切り替えています。

100kΩの抵抗でプリアンプの増幅度を決めています。この抵抗を小さくすれば増幅度が
小さくなります。入力する音声が大きな音で音が歪むような場合には小さくすると改善されます。

 ANA−INとANA-OUT間にコンデンサを挿入するのは、直流成分をカットして交流の音声信号
だけをANA-INに入力するようにするためです。
低音まで通過するようにするため大き目の容量のコンデンサが必要になるのですが、
大きな容量のコンデンサはICでは構成できないので外付けのコンデンサを使うことになります。


自動ゲイン制御部(AGC)の動作は下図のようになります。音声入力をアンプで増幅するとき、
AGCがないと、増幅し過ぎて大きな音が出力可能な電圧以上となってしまって、波形が
制限されてつぶれてしまいます。
さらに大きな音の場合には、出力電圧の最大値か最小値のままになってしまうことになります。
こうなると音が歪んで濁った音になったり、ひどい場合には全く音が出なくなったりしてしまいます。
ここで、AGCがあると常に適当な出力電圧になるように制限しますので、音が歪むことがありません。
ANA-INの最大入力電圧が140mVPPとなっていますので、この範囲になるように自動調整されます。

 AGCの端子に接続されている220kΩと4.7μFは、遅延回路を構成していて、AGCの効果を
どの程度継続するかを決めるものです。この原設計値は英語の際に効果的な値ということで
決められていますが、日本語の場合の最適値というのは決めるのは難しいので原設計値の
ままとしています。




【回路設計と組み立て
 基本回路を基にして作成した音声録音再生器の回路図が下図となります。


基本回路から少し変更しています。R9の抵抗は/REピンではなくGNDに接続して常時有効にしています。
これで特に再生時にも問題ありません。
M7に接続されているコンデンサは、再生、録音中にメモリの終わりでCEを瞬間だけLowにして
デバイスをリセット状態にするためのものです。このコンデンサが無くてもメモリの終わりで自動的に
停止しますし、Startスイッチで最初からやりなおすので、なくても問題はありません。
実際に、このコンデンサの配線は長くなってやりにくいので省略しました。

電源には、DCジャックを追加して、電池ホルダからの供給だけでなく、DC5VのACアダプタなどからも
供給できるようにしました。
スピーカには16Ω品が推奨されていますが、入手が難しいので8Ω品を使います。
ちょっと音が小さくなりますが問題なく動作します。
この回路の組み立てに必要なパーツは下表のようになります。




【組み立て】
 これらの部品をブレッドボードに下記写真のように組み立てていきます。最初にIC1を中央のラインを
またぐようにして実装しますが、中央に均等の位置ではなく、1ピン側の穴を1列だけ残すような配置
でずらして実装します。
これはマイク周辺の部品が多いので、実装をやりやすくするためです。
次にマイクを中央上側に配置します。これで全体の配線ができるようになります。
DCジャック、端子台、スピーカは配線が完了してから実装します。




実装で注意すべき部品は次のようになります。
@ マイクのプラス側とマイナス側は下記写真(a)のようにして区別する
A SW1の足は下記写真(d)のようにペンチでまっすぐに伸ばして実装する。向きに注意
B 発光ダイオードは足の長い方が電源側、向きに注意
C スピーカ用端子台は下記写真(b)の形状でスピーカケーブルを側面に挿入する 向きに注意
D DCジャック(J1)のプラスマイナスは下記写真(c)のようになっている 実装位置に注意
E 電解コンデンサは極性があるので向きに注意、白い色帯がある方がGND側
F 両端の電源ラインとGNDラインを接続するのを忘れないこと(上記写真の左端の長い配線)
配線材は適当な長さのものが無いときは、長いものを短く適当な長さで切断して使っています。
電源関連はオレンジ色、GND関連は緑色としています。


すべてを実装して組み立てが完了した状態が下記写真となります。
マイク関連の部品点数がやや多いので、間違えないように注意してください。
大型の部品の実装位置も間違わないように注意します。特にDCジャックのプラスマイナスが
逆にならないように注意してください。
穴位置が合わないのでやや斜めの実装になってしまいましたが、これはやむを得ないとしました。




【動作試験
 組み立てが完了したらさっそく試してみましょう。
電池ボックスの線を直接ブレッドボードに接続するか、DC5VのACアダプタを
DCジャックに挿入して電源を供給します。
これで、SW1の押しボタンを押して発光ダイオードが点灯し、スピーカからピーという音が
出れば正常に動作しています。

 つぎにスライドスイッチSW2を録音の方に切り替え、押しボタンスイッチSW1を押したままとし、
ピーという音がしてからマイクに向かって話せば録音されます。
押しボタンスイッチSW1を離せば録音終了です。

 今度はスライドスイッチSW2を再生側にしてから、押しボタンスイッチSW1を押せば再生が
開始されます。録音の最後まで再生が完了するとピーという音がして完了となります。
押しボタンスイッチSW1を押したままにしておくと、同じメッセージを繰り返し再生します。

【サンプリング周波数の変更】

R2の抵抗を変えると下表のようにサンプリング周波数を変更できます。
これで録音再生可能な音声の周波数帯域が変わり、サンプリング周波数が高くなる
ほどきれいな音で録音再生ができるようになります。
そのかわり、メモリへの記録データも多くなりますから録音できる時間が短くなってしまいます。
抵抗値は標準抵抗値では入手し難い値ですので、表中の括弧内の値を使います。
 またR2の代わりに、22kΩと50kΩの可変抵抗を直列にして接続すると、連続的に
サンプリング周波数を変えることができます。
これで、録音時と再生時でサンプリング周波数を変えると、音の周波数範囲が変わること
になりますから、男性の声を女性の声にしたり逆にしたり、再生中に連続的に変えたりと
結構面白いことができます。